01 瀬戸(愛知県/陶磁器)
 
 
    • 「せともの」は陶磁器の代名詞である。瀬戸は、市内で出土する良質な陶土に恵まれ、平安時代からの古い歴史があり、多くの人に知られた陶磁器産地である。
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    • 江戸時代までは陶器だけをつくっていたが、尾張藩主の徳川義直が各地に離散していた職人たちを呼び戻し、それまでの大窯での生産から、大量生産に向いている連房式登窯を開発させて生産量を増やした。その後、磁器の技術も得て、産地は発展していく。
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    • 明治時代には、国の産業振興政策によって海外輸出も増えたが、昭和に入り、第二次世界大戦によって生産は減少する。戦後、海外向けのノベルティ(陶磁器製の人形や装飾品)で市場を広げ、洋食器などもつくられるようになった。
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    • デザイン導入の先駆けとなったのは、デザイナーによるデザイン性の高い型物の陶磁器を発表したセラミックジャパン(1973年創業)だが、バブルが崩壊してからは、全体に売上げの低迷が続いている。
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    • 現在では、陶磁器以外のデザイナーやクラフト作家が移り住んで活躍したり、ファインセラミックなどの分野に進出する企業が出てきたりと、まちとして新しい方向性が模索されている。
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    • グラフ14にあるように、瀬戸市の窯業・土石製品製造出荷額(売上高)のピークは、1990年の1066億円である。1960年には112億円だったが、バブル期にほとんど伸びず、1980〜95年は横ばい状態である。2005年から2017年にかけては、わずかに売上高が伸びている。
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    • 企業数と従業員数は、他の産地には見られないほど、数値が高い。特に1960年頃の数値が高く、バブル景気などにはさほど影響されていないところから、窯業・土石製品製造業が労働集約型の産業であることがわかる。企業数のピークは1980年の914企業で、従業員数のピークは1960年の15,533人で、6産地のなかで最も多い。2017年には175企業、2,542人と約1/6にまで減少している。
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    • 1980年に従業員数が1,000人ほどV字回復して、その後減少しているのは、やはり大手企業が進出して従業員数に加算されたのだろうか、原因は特定できない。
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    • グラフ14 瀬戸市の窯業・土石製品製造出荷額(売上高)、企業数、従事者数の推移
    • 出典/経済産業省 工業統計調査
 

 
    • 調査日/2019225日〜26
    •     201987日〜9
    • 調査担当/萩原 修、中野照子
    • 調査協力者/田上知之介(デザイナー、愛知県立芸術大学美術学部陶磁器専攻 准教授)
    • *肩書きなどは調査当時のもの

田上 知之介 さん
デザイナー、愛知県立芸術大学美術学部陶磁器専攻 准教授


10年ほど前、瀬戸を対象地に含めた陶磁器のデザイン研究を始めようと市や組合に話を聞きに行ったが、当時はけんもほろろだった。ここ数年で、行政やまちの動きが変わってきたと感じる。調査に参加することで、今、瀬戸が目指している方向を探り、健闘している人たちの話を聞いた。

石井 晴雄 さん
愛知県立芸術大学美術学部デザイン専攻 准教授


瀬戸市と行った「せとまちブランディング」のデザイン、ディレクションを担当。まちの魅力を掘り起こすために、産地企業や瀬戸に暮らすさまざまな人から取材した。背景を知ることが、ブランディングやロゴ製作の土台になっている。発信することも重要だが、デザインにはそれ以前の基礎づくりが大切だと語る。

阿部 透 さん
愛知県陶磁器工業組合 生産部生産課業界担当


ピーク時には1,000人を超えていた組合員だが、現在は300人を切っている。かつては会員同士の交流会や陶器まつり、展示会などを行っていたが、今では規模を縮小。デザイナーとのマッチングを始めたが、まだ結果は出ていない。近年、駅前周辺はかつての面影がなくなってきているが、「やきもののまち」という雰囲気を少しでも維持していけたらと思っていると言う。

山口 祐二 さん
陶磁器成形型製造 / 山口一見製型所


国が定めた一級陶磁器技能士であり、この道65年、のベテラン職人。瀬戸でしかできない焼きものは少なくなり、価格競争が先行していることに心を痛め、若い人が入ってこられるような明るい光の見える産地産業を願っている。型屋としての、窯屋さんとの仕事のしかたなども教えてくれた。


加藤 恒彦 さん

加藤 歌子 さん

加藤 恒彦 さん
陶磁器メーカー 春暁陶器 代表
加藤 歌子 さん
陶磁器メーカー 春暁陶器 企画デザイン室


前記の山口さんと長年に渡って仕事をしてきた陶磁器メーカーの親子。ローラーマシン成形や圧力鋳込み成形の現場を見せてもらい、型屋さんの仕事について教えていただいた。製造現場の職人さんと型屋さんの信頼関係の強さを感じることができた。

 

塚田 崇英 さん
陶磁器製造 / 陶楽園製陶所 代表


やはり前記の山口さんと仕事をしている産地企業。圧力鋳込み成形が主だが、排泥鋳込み成形もできるので、デザイナーのものをつくることも少なくない。そこで信頼できる型屋さんの技術が必要となる。


伊藤 哲成 さん

田中 重行 さん

伊藤 哲成 さん
瀬戸市役所 地域振興部ものづくり商業振興課
田中 重行 さん
瀬戸市役所 シティプロモーション課


瀬戸市にとっての陶磁器産業の位置づけと現状、市の方針などについて聞いた。陶磁器産地としての重要性は変わらないが、陶磁器産業だけに特化せず、瀬戸というまちの文化やアイデンティティを前面に出し、まわりに発信していきたいと考えていると言う。


 中沢 郁子 さん
 
 

  松尾 早希 さん

中沢 郁子 さん
陶磁器メーカー デザイナー / セラミック・ジャパン
松尾 早希 さん
陶磁器メーカー 企画担当 / セラミック・ジャパン


二人とも愛知県立芸術大学の陶磁専攻の卒業生。このメーカーはデザイナーと商品をつくり上げるクリエイティブな仕事が多い会社である。このまちに誇りをもち、このまちに暮らして仕事をすることを楽しんでいる2人にこれからの展望などについて聞いた。

大橋 正文 さん
陶磁器製造 / セラミック・ジャパン 代表


1970年代、いち早くデザイナーを起用し斬新な製品づくりを行ってきたメーカー。こだわりがあり、今後も基本的な方針は変えずにやっていきたいと語った。

吉橋 賢一 さん
陶磁器成形型および製品製造 / エム・エム・ヨシハシ代表


祖父の代からの型屋さん。瀬戸は分業が進んでいるが、そのまま「型屋」ではつまらないと、オリジナル商品を開発。いろいろな職種を知っている利点を活かして、独自の発想で商品をつくり販売し、話題を呼んでいる。産地には産業としての規模が残っていかなければと、同世代の「窯屋」や職人と活動を始めている。

水野 雄介 さん
陶磁器製品製造 / 瀬戸本業窯


瀬戸の伝統的な陶器づくりを継承している窯元の8代目。作陶する工房や登り窯を公開し、陶器の破片などを使って周辺地域を整えていくなど、陶器づくりを文化として伝えることにも力を注いでいる。

加藤 真雪 さん
陶磁器製品製造 / 染付窯屋眞窯


染付窯屋の4代目。転写などによる量産はせず、家族による手作業によってつくり上げる。その作風に根強いファンも多い。そのこだわりについて聞いた。

高橋 孝治 さん
デザイナー、六古窯日本遺産活用協議会 クリエイティブ・ディレクター 


常滑を拠点として活動するデザイナー。瀬戸焼、常滑焼、越前焼、信楽焼、丹波焼、備前焼の『六古窯』プロジェクトをまとめたディレクターでもある。他産地に比べて瀬戸にはどのような特徴があるのか、これからの課題は何か、などを聞いた。

鈴木 政成 さん 
陶磁器製品製造 / 中外陶園 代表


産地メーカーとして、かつて欧米向けノベルティを数多く開発してきた。今は、陶磁器産地として元気のない瀬戸にもう一度活気を取り戻したいと、観光協会や数まちづくり会社などさまざまな活動や、後進の相談役などをして尽力している。瀬戸の産地としての歴史と今後について聞いた。

石川 圭一 さん
陶磁器製品製造 / 双寿園 代表


家族経営の小規模さを活かして、柔軟な陶磁器づくりを行う産地企業。同世代の窯屋や型屋の跡取りたちと定期的に会い、これからの瀬戸の陶磁器づくり、まちづくりについて模索している。

南 慎太郎 さん
ゲストハウスますきち 代表


瀬戸市郊外に生まれ、北海道大学に学んでいる時に故郷のよさに気づき、古い民家を改築したゲストハウスを開設した。陶磁器産地としてのよさも自覚し、他地域から訪れる人たちだけでなく、瀬戸に暮らす人たち同士も交流できる場をつくろうと活動している。